「大部屋」は単なる部屋のことではなく問題解決のための組織マネジメントの方法論の一つでトヨタ系の会社や日本の製造業だけでなく海外のビジネスシーンでも「War Room」と呼ばれて一般化しています。
大部屋では「見える化」「合知合力(知恵を出し合い力を合わせる)」「即断即決」により問題解決がスピードアップされます。私自身、某自動車部品メーカの品質保証部門で過去17年に渡って様々な品質問題において大部屋活動を推進してきておりその効果も難しさもよくわかっています。
そんな経験も踏まえながら、慣れない方でも大部屋を理解し推進できるように具体的な進め方を解説します。
「大部屋」と「War Room」
前述のように「大部屋」は海外では「War Room」というビジネス用語として一般化しています。この「War Room」はもともとは軍隊用語で軍の司令官たちが作戦会議を行う部屋のことで、あらゆるところに地図や敵の新しい情報を貼り出して作戦を練る「軍事作戦の中枢」です。
「大部屋」も「War Room」もコンセプトは同じで、必要な知識・スキルを持つ人と必要な情報を一箇所に集めて知恵を出し合って行う問題解決方法です。
大部屋でも集めた情報を壁に貼り出して誰もが容易に全体像と詳細を把握できるようにし、それらにもとづいて活発に議論して即断即決で意思決定します。
大部屋の運営
大部屋に向けた準備
大部屋に向けて以下を準備します
(1)占有できる部屋
大部屋では問題を解決するまで人と情報を一箇所に集めます。そのためチームが居座り続けられ、専有できる部屋を確保します。またその部屋は関係者が集まり情報の共有や議論ができるだけの広さが必要です。
(2)情報を貼り出せる壁スペース
大部屋活動はそれぞれの任務ごとにワーキンググループを作り、各グループの情報や成果は壁に貼り出します。そのように貼り出すことができるような材質・広さの壁(ホワイトボードなども含む)が必要となります。
(3)付箋紙・マーカー
壁に貼り出した情報を前に議論し、そこでの意見・結論・指摘事項は付箋紙にマーカーで書き留めて、その場に貼るようにします。そうすれば後になってどの情報に対して何が議論されたかがわかります。またその際に色違い、サイズ違いの付箋紙で内容を分けるとわかりやすくなります。
(4)カメラ
やり直しが必要となった場合に以前の状態を復元できるようにこまめに写真を撮っておくと良いです。
(MacのTime Machineのイメージで部屋の状態のバックアップとなります。)
大部屋の心得
大部屋では常に以下の3点をリーダーだけでなくメンバーも常に心がけましょう。
1.見える化
さまざまな知識・スキルを持つ人たちが一同に会して情報共有・意見交換するためには誰もが更新された情報を等しく理解できるようにするためにもグラフ、表、図を用いてわかりやすくする工夫が必要です。
2.合知合力
さまざまな知識・スキルを持つ人たちが組織の壁を越えて力を合わせて共通のゴールを目指すためには誰もが平等・公正に意見を出し合えなければなりません。チームであるということを常に意識しましょう。
3.即断即決
知見者と情報が集まっているのですから「次にやること」までその場で決めます。
チーム編成(8DプロセスのD1)
チーム編成は8Dでの最初のD1プロセスにあたります。
大部屋では部門横断的に人を集め組織の壁を取り払って活動しますのでトップマネジメントの承認を得ると動きやすくなります。
リーダーの選出
問題解決の主管部署は問題の重要性を評価し早急な解決が必要と判断したら大部屋活動を行うことを宣言しリーダーを選出します。
リーダーには客先不具合等の品質問題解決の経験・実績がありリーダーシップを発揮できる者を任命します。
組織・体制の構築
大部屋では複数の任務を並行して進めます。それぞれの任務の実行部隊としてワーキンググループ(タスクフォース)を組織します。大部屋体制を構築するにあたりまずはどのような任務・ワーキンググループが必要かを検討します。
ワーキンググループは以下の例のように8Dプロセスに則して機能分けするのが基本です。
<ワーキンググループ例>
- 現品調査
- 工程履歴調査
- 暫定対策検討・実施
- 原因・メカニズム調査
- 恒久対策検討・実施
- 真因追究・再発防止検討
要員の選出と確保
リーダーはその問題の解決に必要な知識と経験そして専門技術がある人を品質/技術/製造/生産技術/生産管理などの関連部門から部門横断的に集めて大部屋チームを編成します。
ただしこの段階では不明確なことも少なくなく、調査が進むにつれて必要な知識・経験が変わってくる場合もあるのでメンバーや組織の変更は必要に応じて柔軟に行います。
また特定のワーキンググループの任務が完了したらメンバーの力量に合わせてその他のワーキンググループに編入させるとよいでしょう。
リーダーはチームを編成したら速やかにメンバーを集めて起こった品質問題の情報とチーム編成の意図を説明し共有します。
ポイント
- 8Dプロセスから業務配分しワーキンググループ(課題遂行チーム, タスクフォース)を編成します。このとき納期/期限ありきで要員を確保します。メンバーが休んだらその分の人を補充して日程が守られるようにしなければなりません。
- 大部屋メンバーは大部屋に専念し、それ以外の業務から大部屋期間中は離れます。
- 各ワーキングリーダー, メンバーはチームプレイを常に意識し、困難が生じた場合は自分たちだけで悩まずチームに相談します。例えば、メンバーが何か意見を言うと「じゃあ、お前がやれ」と言われる雰囲気では意見が言えなくなります。あくまでチームとして意見を吸い上げてチームとしてやることとやる人を決めます。
- 組織図は常に大部屋の壁にみんなに見えるように貼り出しておき、変更があったら都度更新するようにします。
- 人材育成のためにサブリーダーを決めてOJTでリーダーを育成することも重要です。
トップマネジメントとの情報共有
大部屋は部門横断的な活動のため各部門の思惑に左右されがちで実務どうしが反目し合うこともしばしばあります。各部門が同じ方向を向いて仕事ができるようにするためにはトップダウンの意思決定も時には必要です。チームはトップマネジメントに適宜報告しながらトップの意見を取り入れるようにします。
CAPDサイクルによる運営
大部屋の場所を確保し体制を決めてから最初にやることは問題の把握・理解とゴールの設定です。これはPDCAサイクルのC(Check)に当たります。
近年ではPDCAの順番を変えたCAPDサイクルが問題解決の進め方に適しているという意見があり、大部屋では現状把握(Check)から始めますので便宜上CAPDサイクルを使います。
PDCAとCAPDとOODA
PDCAとは
- Plan(計画)
- Do(実行)
- Check(評価)
- Act(改善)
の頭文字を取ったものでこれをサイクリックに行うことで継続的改善につなげるマネジメント方法で、1950年代にデミング氏によって提唱されました。
これに対して近年はCAPDやOODAサイクルがより有効であるという意見も出てきました。
CAPDはPDCAを’C’から始めるようにしたものですが内容が若干異なり
- Check(現状把握・評価)
- Act(次にやることの立案)
- Plan(具体的な実施事項の計画)
- Do(実行)
となり現状把握・評価から始まります。大部屋はチームで目的・目標を達成する手段ですのですべてのチームメンバーが同じゴールを目指し、同じレベルで情報を共有しなければなりません。そのためには常に現状の共有から始めるCAPDサイクルの方が大部屋には適しています。
同様にOODAもありますが
- Observe(観察)
- Orient(方向性を決定←仮説の設定)
- Decide(意思決定)
- Act(実行)
であり実質的にはCAPDと似ています。ここではOODAの要素を入れたCAPDを提唱します。
問題の把握とゴールの設定(Check)と大日程の立案(Act)
最初に問題の重要性に応じて暫定対策・恒久対策などの8Dの各プロセスの期限を決めます。客先から対策期限を指示されている場合はそれを満足できるように日程配分をします。
ツール1: 8D目標期限
ポイント
- リーダーは「◯◯日までに何がなんでもやり切る」という意識をメンバーと共有し、これを持ち続けられるよう常に鼓舞しなければなりません。
- 特に暫定対策は強い圧力がないと後回しにしがちです。リーダーはお客様の立場に立って毅然として日程を守らせます。
次に節目(マイルストーン)を明確にして大日程計画を立案します。計画立案に際してはガントチャートまたはプロジェクト管理のテンプレートがWEBサイト上に多く見られますのでそれらを参考にしても結構です。
ツール2: 大日程
アクションプラン(具体的な行動計画)の立案(Plan)
全体計画通りにワーキンググルーブの業務を遂行するためにさらに具体的な行動計画=アクションプランを作成します。ここでは誰が、いつまでに、何をして、どんな成果が期待されているかを明確にします。
ツール3: アクションプラン
ポイント
- 計画では各担当が目的を理解し、チームの意図した結果を出せるようにできるだけ具体的に書き記します。
- 実績は事実と推測を分けて書き出します。
- アクションプランは日々メンテナンスします。
実行(Do)
各ワーキンググループはアクションプランにもとづいて決められたことを実行します。
成果(やったこと、わかったこと、わからないこと)の共有(Check)
各ワーキンググループがアクションプランにしたがって業務を遂行した成果を大部屋の壁に貼り出しチームと共有します。
この時やったこととわかったこと(結論)を必ず明確します。「何がわかった」「どんなことが言える」を共有できてこそ「では次に何をやろうか」が議論できます。
次にやることの決定(Act)とアクションプランの更新(Plan)
ワーキンググループの成果をチームで共有したら皆んなで「次にやること」を議論し、決定します。これらの「やったこと、わかったこと、次にやること」をアクションプランに追記して更新し、上記(3)に戻ります。あとはゴールを目指して日々CAPDサイクルを回し続けます。
大部屋運営の中核
大部屋活動の全体的な運営を前述しました。以下では大部屋を円滑に運営するための中核となるポイントを紹介します。
成果物の見える化
各ワーキンググループは成果物を日々大部屋に貼り出して更新します。
壁に成果物を貼り出す際にはどこに何が貼られているかがわかるようにするとともに付箋紙・グラフ・写真・説明図・表などを効果的に使って見える化し、誰もが簡単に理解できるように工夫します。
見える化の工夫
(1)位置・大きさ
重要なこと、強調したいことはなるべく目につきやすく、見やすい場所(目線の高さ等)に大きく書いて(印刷して)貼り出す
(2)ラベルや記号
文字の大きさ・太さやラベル・記号などで感覚的にわかりやすくなるよう工夫する
(3)色分け
(付箋などの)色により何が書かれているか(結論か指摘か、など)がわかるようにする。
(4)境界線
どのWGの成果がわかるように境界線で分ける。
(5)考察/結論
壁に貼り出した調査・試験結果やデータに対してそこから導かれる考察/結論を必ず書き出して一緒に貼っておく。
タイムスケジュール
大部屋リーダーおよび各ワーキンググループは全体日程およびアクションプランにもとづいて日ごとにタイムスケジュールを決める。
計画に対して遅れが生じたり目論見通りの結果が得られない場合、リーダーは迅速に挽回の方策を協議・決定し速やかに日程を更新する。
ツール4: タイムスケジュール
成果のまとめ=デイリーレポートの作成
アクションプランは全体の流れがつかめますが記入できる文はせいぜい1〜2行程度で情報量としては少なくなります。アクションプランを補完するためにワーキングリーダーはその日の成果をデイリーレポートとしてまとめます。
デイリーレポートは「やったこと/わかったこと/次にやること」などのフレームワークでわかりやすく記します。
ツール5: デイリーレポート
論理的でわかりやすい報告
大部屋の全体ミーティングなどで他者にワーキンググループの成果を報告する際、結果・成果・残課題などを限られた時間の中で効率的にわかりやすく説明しなければなりません。そのために報告・連絡・相談はアンチ・クラマックス法で結論・要点から話すようにします。
さらに結論・要点以降の説明の構成にはPREP法を用い
- Point (要点) :ポイントを簡潔に伝える
- Reason (理由) :上記ポイントの理由を説明する
- Example (例) :具体例を示す
- Point (再び要点) :ポイントを表現を変えて伝える
の順番で表現するとわかりやすくなります。
FTA指向
大部屋での不具合の要因の洗い出しやメカニズムの検討はFTAを基本とします。
FTAにより「何が起こるとそれが生じるのか」「何と何が一緒に起こるとそれが生じるのか」という検討を繰り返しながらその要因を逐次下位レベルに図示・展開していきます。そして洗い出された各要因を一つひとつデータ調査・現品解析・再現試験などで検証して棄却できる/できないを見極めます。
棄却しきれない要因は不具合の原因である可能性が高いので速やかに暫定/恒久対策を行います。
ツール: FTA
ポイント
- FTAは貼り出して、皆んなでブレインストーミング的に意見を出し合って要因を洗い出すことが基本となります。個人的な偏見もFTAで他事象との関連性がわかるようにすると妥当性がわかりやすく整理できます。
- FTAで新たに追加された要因はアクションプランに追記して真偽の検証を行います。また検証結果はアクションプランに追記するとともにFTAも更新します。
合知合力に向けた全体ミーティング
大部屋では一日の始まりにメンバー全員が同じ情報を共有するための全体ミーティングを行い、各ワーキンググループの成果を全員で確認し合います。
ポイント
- 大部屋は誰もが平等・公正に自分の意見や考えを発言できる場である。「言ったやつがやれ」という言葉が飛び交わないように大部屋リーダーは雰囲気作りと進行を行う。
情報発信
リーダーの役割の一つとして関係者への情報発信があります。リーダーとその他のチーム管理監督者は日ごとに
- 計画に対する遅れ/進み
- 目論見に対する当たり/外れ
- 8Dプロセスのどこにいるか
を日報として簡潔にまとめて関係者に配布します。このときYWT(やったこと/わかったこと/次にやること)などのフレームワークを用いて第三者にもわかりやすくまとめ、詳細情報はその後で説明するような構成にするとわかりやすくなります。
リーダーは論理的でわかりやすい表現でまとめるよう心掛けます。(前述のアンチクライマックス法・PREP法などを参考にする)
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